- なぜ国語を勉強しなければならないか
時は戦国、処は駿河。あなたは猪尾藩藩主猪尾チョビ。城から見える海は穏やかで一見平和な春の一日だが、 神経を研ぎ澄ませて集中すると地震の前触れのような地鳴りと微かな振動が感じられる。隣国の吉田芳良が猪尾城に攻め入るため、 とうとう進撃を開始したのだ。
「殿。ご決断を」
殿、といっても殿歴1カ月。先月の合戦で父親である先代を失ったばかりである。失ったのは先代ばかりでなく、 先代の盾となって戦った武将たちと武器、食糧。そのように弱っているからこそ、隣国にとっては良い機会とばかりに 攻めてくるのである。猪尾藩の選択肢は二つ。戦うか、降参するか。戦うことを選択した場合、自力ではとても勝ち目はない。 芳良とて、領地を荒らすのが目的ではない。作付けが始まったばかりの畑を戦場にしてしまっては、秋の収穫が望めない。 欲しいのは良い状態の農地と藩主の首だけである。民のことを考えれば、交戦するより投降する方が、指導者として 正しい道かもしれない。しかし。15歳やそこらで死にたくはない! と、声に出して叫んだつもりはなかったが、 家老の智尾がすかさず進言した。
「では、麗尾殿に書状を」
麗尾とは猪尾藩を挟んで吉田藩とは反対側に領地を持つ叔父である。だが、実の兄弟とはいえ、先代猪尾と麗尾は幼いころから 仲が悪かった。無条件に助けてくれるとは思えない。15年の人生で、麗尾とは一度だけ会ったことがある。知力と美貌に 恵まれた武将であるとの評判は高いが、チョビから見れば上から目線の嫌な奴であった。しかし、ここを生き延びるためには他に 方法がない。余談ではあるが、先代猪尾もなかなかの美丈夫であったが、知力よりは体力に優れていた。チョビも当然その系統である。 何て書いたらいいんだろう?
「智尾。代筆して」
「なりません。殿。麗尾殿は大変誇り高いお方。ご自分より低い身分の者による書状など認めますまい」
ああ。国語を勉強しておくんだった……。
さあ、どうする? チョビ! - 続く……
次回の更新をお楽しみに。
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